Takatoshi Konishi

小西 貴俊

関西大学商学部卒業。大阪生まれ大阪育ち。

小さい頃からこだわる所はこだわり、人と同じことは嫌という性格で、よく親を悩ませていました。中学まで野球をし、高校からはラグビー部に。怪我を患いラグビーができなくなった頃、海外ドラマにハマり海外への生活に憧れを持つ。

したいと思えばする。 よく言えば行動力があるし、悪く言えば自己中極まりない。 そんな性格も手伝って、1人で留学会社に行き、ハワイへの短期留学を勝手に契約する…が、未成年で親の同意が必要だったため、その夜、親に「行かせてください!」と懇願。親はあきれつつも「そこまで本気なら」と背中を押してくれた。ハワイでの生活は毎日サーフィン、サーフィン、少し勉強という生活(笑)週末には、仲良くなった他国の友達と勝手に泊まりがけでサーフトリップに出かけ、校長先生に呼び出される問題児っぷりを発揮。しかし、おかげで多くの友達ができ、今まで経験したことのない経験をさせてもらった。「来年も行きたい」という思いが強くなり、再び親に嘆願。「まずは自分のすべきことをする」という約束を結び、当時クラスで最下位、学年でも下から数えてすぐだった成績を、クラストップ、学年でトップ50に入るまで上げ、高校2年時にはLA留学を果たした。この時、頑張れば人は見てくれるという自信を身に付けた。

そして大学に進学し“モテたい・稼ぎたい・目立ちたい”の三拍子でイベントサークルを立ち上げ、関西No.1サークルと言われるまで登りつめる。しかしここで、人と違うことがしたい病が再発。漠然とした「カッコ良さそう」という想いから、東南アジアにバックパッカーとして旅立つ。そこで一人の女性との出会いが人生を変えた。その女性は40歳でカンボジアに小学校を建設した女性。日本にいても経験できないと思い、次の日からその女性と急遽カンボジアへ行くことに。小学校へ向かうと、日本にいては想像もできない光景が目の前に広がっていた。電気・水道・ガスのインフラが通っていない村。しかしそこに住む村人は皆笑顔で、ある小さな子供に夢を聞くと「医者になって沢山の人を救うんだ」と目を輝かせて言っていた。正直「こんな村で…」と、少し悲観的に見た自分が情けなく感じた。よくよく考えると、広い世界で自分の住む村しか知らないため、夢は医者・警察・農家と、選択肢が狭まるのも無理はない。村人と関わっていく上で気付いた事は一つ。同じ地球でも、生まれた場所が違うだけで、こんなにもアタリマエの基準が違うのだと。今まで生きてきた自分の環境がどれだけ幸せだったか。そんな大切なコトに気付かせてくれたカンボジアに何かできないかと思い、人より友達が多かった自分は、帰国後、70名程の講演会を実施。今生きている環境がどれだけ幸せなことかを知ってもらうため、カンボジアに行くキッカケをくれた女性を講演者として招いた。のちに仲間と共に支援団体を設立し、カンボジアとの交流も続けている。その後もイベントサークルで、様々なスタイルで働く実業家・企業の社長を招き、キャリアについて考える1000名規模の講演会を開催。その時に峯松と出会い、想いに共感してもらって現在に至る。

長々となりましたが、自分は今まで親をはじめ、たくさんの人の支えがあり生きてきました。だからこそ自分の周りを幸せにする。本気でそう想っています。自分が亡くなる時に「小西貴俊という人物に会えてよかった」と思ってくれる人をどれだけ多く作れるか。キッカケを一人でもたくさんの人に与えることをモットーに、これから出会うお客様にも「出会えてよかった」と言っていただけるよう、一所懸命取り組みます!

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